高知城:江戸時代に建造された姿をそのままを残す、別名「鷹城」を見に行こう!

オススメ度

高知城は本丸の建築群が全て現存する日本唯一の城で、1934年(昭和9年) に国宝に指定されています。(*昭和25年に文化財保護法により重要文化財となりました)

元はこの地に南北朝時代に築かれた大高坂山城が建っていました。高知城は江戸時代初期に土佐藩初代藩主・山内一豊によって1601年(慶長6年)に築城が開始され、以降、10年の月日をかけほぼ全ての城郭が完成。しかし1727年(享保12年) 城下町の大火で追手門を残し、天守などほとんどの建物が焼失してしまいます。

その2年後より再建が始まり、1749年に天守が完成。現在見る事ができる天守はこの時に再建されたものです。
1873年(明治6年) 、廃城令により天守等の本丸周辺建造物と追手門を残し城郭建造物はとり払われ、翌1874年より高知公園として一般に開放されています。

目次

天守

外観は4重、内部は3層6階建ての建物で、最上階には廻縁高欄 (まわりえんこうらん) が付けられています。廻縁とは天守をぐるりと一周できる、現代でいうベランダで、高欄は廻縁に付けられる手すりです。天守の格を高めるために廻縁高欄は設けられましたが、耐久性の面で難があり、次第に付けられなくなりました。
現存するものとしては犬山城天守とここ、高知城天守だけで、丸岡城天守や松山城天守にも見られますが、これらは外に出る事が出来ない、見た目だけの廻縁高欄です。

安全面から手すりは新たに増設されていますが、高知城天守の廻縁は実際に外に出る事が可能で、高知の街並みを360度見渡す事ができます。

追手門 (おうてもん)

高知城の表門です。門前は門と矢を射るための小窓をもつ矢狭間塀(やざまべい)に囲まれ、攻めてきた敵を三方向から攻撃できるようになっています。

石樋 (いしどい)

雨の多い地に建つ高知城においては雨水の浸入を防ぐのは敵から城を守るのと同じくらい重要な事でした。
多くの水路が造られ、その雨水は石垣から突出している石樋から排出していました。石樋は城内で16か所が確認されており、本丸の石樋は現役で機能しています。

『石落とし』と『忍び返し』

天守には敵からの攻撃を防ぐ石落とし忍び返しが設けられています。
石落としとは下方に向いている開口部から石を落とし、時には熱湯を流して敵を撃退する防御設備です。
忍び返しはその見た目のとおり、取り付けられた鉄剣で敵の侵入を防ぐためのもので、最後の砦である天守を守っています。

高知城インフォメーション

新型コロナウィルスについて
  • 掲載している観光地は、新型コロナウイルス感染対策により、運営内容が変わっている可能性があります。最新情報は公式サイトで確認してください。

オススメ度

名称
高知城
住所 [Google Map]
〒780-0850 高知県高知市丸ノ内1丁目2-1
営業時間
高知城天守・懐徳館等
9:00 – 17:00 (最終入館16:30まで) イベント期間中などは開館時間を延長することがあります。
高知公園
24時間開放
定休日
12月26日 – 1月1日
入場料金
高知城天守・懐徳館・東多門・廊下門の利用料
¥420 (18歳以上) 18歳未満は学生手帳の提示で無料
共通入場券(高知城天守・懐徳館・高知城歴史博物館)の利用料
常設展 ¥740 / 企画展 ¥900 (18歳以上) 18歳未満は学生手帳の提示で無料
高知公園は入園は無料
支払いは現金のみ
駐車場
65台
最初1時間まで ¥370 / 30分延長毎 ¥110
公式サイト
https://kochipark.jp/kochijyo/

高知城へのアクセス

所要時間は目安です最適な乗り換え順路は検索時間により異なります。

高知城の周辺スポット

※本記事に掲載されている内容や写真については最新の情報とは限りません。必ずご自身で事前にご確認ください。
また、内容に関する修正のご依頼はこちらよりお願いいたします。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

目次