難攻不落の名城「鶴ヶ城」赤い屋根瓦のお城は日本で唯一ここだけ♪

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鶴ヶ城(つるがじょう)は福島県会津若松市にある、約630年もの長い歴史を持つお城です。“鶴ヶ城”とは地元で親しまれている言わば通称名で、国の史跡としては若松城跡と登録されています。

現在見られる鶴ヶ城は14世紀にあったの城跡を復元した、コンクリート製の城址となります。建てられたのは1965年で、天守閣では会津地方に残される貴重な文化遺産を展示しています。

日本の100名城の1つにも選ばれ、白虎隊や戊辰戦争の舞台にもなった鶴ヶ城。この記事ではその鶴ヶ城の見どころに迫っていきます。

目次

若松城の歴史

鶴ヶ城が最初に築城されたのは1384年のことと言われています。
築いたのは蘆名氏 (あしなし)の7代当主である蘆名直盛 (あしな なおもり)で、当主が建てた東黒川館が鶴ヶ城の前身とされています。

名前も初めから“鶴ヶ城”と呼ばれていたわけではなく、当時の町名からとって“黒川城”と言うお城でした。
1589年に伊達政宗によって蘆名氏が滅ぼされたことで、黒川城は伊達政宗のものとなりますが、翌年には伊達政宗は豊臣秀吉の臣下に下り、黒川城のある会津地方を召し上げられます。

その後、黒川城に入城したのは蒲生氏郷(がもう うじさと)。あの織田信長も認めた人物です。
氏郷の手により黒川城は近世城郭に改造され、城下町が整備されていくこととなります。天守が竣工したのは1593年のことで、この時に氏郷の幼名だった“鶴千代”、また蒲生家の家紋の舞鶴にちなんで、黒川城は鶴ヶ城に改められました。

蒲生氏郷の後、鶴ヶ城は上杉景勝、加藤嘉明、保科正之などが城主を務めていくこととなります。

鶴ヶ城が “難攻不落の城”と呼ばれる所以

1868年 (慶応4年 / 明治元年)、薩摩藩・土佐藩を中核とする新政府軍と旧幕府軍のあいだで戊辰戦争が勃発しました。
鶴ヶ城が “難攻不落の城”と言われるのは、旧幕府軍側の当時の会津藩主 松平容保が、新政府軍の苛烈な攻撃を耐え忍び約1ヶ月間守り続けたことに由来します。

なぜ赤い屋根をしているのか

鶴ヶ城は日本国内で唯一、赤い屋根瓦が葺かれた珍しいお城です。
今見られる鶴ヶ城は1965年に鉄筋コンクリート造で再建されたものですが、江戸時代の頃から鶴ヶ城の屋根瓦には赤い瓦が使われており、それを忠実に再現しています。

なぜ、赤い屋根瓦が使われているかというと、通常の瓦は寒さに弱く、会津のような豪雪地域では冷えて割れてしまいます。
そのため、瓦に水が染み込まないように鉄分が配合されている釉薬を使っており、その釉薬を塗って焼きあげると赤い屋根瓦ができあがるというわけです。

鶴ヶ城インフォメーション

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名称
鶴ヶ城
住所 [Google Map]
〒965-0873 福島県会津若松市追手町1-1
営業時間
天守閣
8:30 – 17:00
最終入場は営業時間の30分前までです。
定休日
無休
入場料金
天守閣
¥410 (大人)
¥150 (小学生 / 中学生)
天守閣 / 麟閣(茶室)セット
¥520 (大人)
駐車場
鶴ヶ城公園西出丸駐車場 [Google Map]
200台 (最初の1時間 ¥200、以降1時間ごとに¥100)
鶴ヶ城公園南口駐車場 [Google Map]
35台 (最初の1時間 ¥200、以降1時間ごとに¥100)
鶴ヶ城公園東口駐車場 [Google Map]
129台 (最初の1時間 ¥200、以降1時間ごとに¥100)
公式サイト
https://www.tsurugajo.com/
施設サービス情報
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鶴ヶ城へのアクセス

所要時間は目安です最適な乗り換え順路は検索時間により異なります。

鶴ヶ城の周辺スポット

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