小牧山城:織田信長が最初に作った城は石垣づくりの画期的な山城だった

オススメ度

小牧山城 (こまきやまじょう) は、織田信長が1563年 (永禄6年) に美濃攻めの拠点として建てました。建物は残っていませんが、遺構がきれいな状態で残っている歴史的価値の高い城址です。
現在見られる城は1968年 (昭和43年) 実業家の平松茂氏が私財を投じ、天守閣を模した小牧市歴史館で、内部には小牧山城、小牧山城下町の歴史や発掘調査の成果が紹介されています。

目次

小牧山城の歴史

小牧山城 (こまきやまじょう) は、織田信長が1563年 (永禄6年) に美濃攻めの拠点として建てた、標高85.9mの小牧山山頂にある山城です。
しかし、1567年 (永禄10年) に信長が岐阜に居城を移したことで小牧山城はたった4年で廃城へ。その後、1584年 (天正12年) に徳川家康が秀吉との直接対決した唯一の戦い小牧・長久手の戦いで小牧山城を使用します。同年の11月に合戦は徳川軍の勝利に終わり、1年を経たずに再び廃城となります。その後は尾張徳川家の所領となり、家康公ゆかりの地として一般の入山を禁止し、大切に保護されました。

明治に入り、版籍奉還によって官有地となり、県が小牧山公園として一般へ公開するようになりますが、再び尾張徳川家の所領となり一般の入山が禁止されました。

昭和に入ると小牧山城は国の史跡に指定され、小牧町へ寄贈されます。1968年 (昭和43年) 実業家の平松茂氏が私財を投じ、現在見られる天守閣を模した小牧市歴史館、通称「小牧城」を建設しました。
2006年 (平成18年) には、老朽化に伴い全面改修が行われ、翌年にリニューアルオープン。また、2019年 (平成31年) に一部展示改修が行われ現在に至ります。

小牧山城は尾張徳川家が保護し、入山が禁止されいた事で保存状態が良く、遺構がきれいな状態で残っている歴史的価値の高い城址です。それまでは山城は土を固めた土塁や堀が一般的であった中で、織田信長は山城の常識を覆し、高さのある石垣を用いて城を造作りました。しかも石垣は数段にわたって作られ、それは山の麓からみると一つのとても高い石垣に見えたのではないかと近年の発掘調査によってわかってきています。

小牧山には小牧市歴史館の他にも、織田信長が築いた小牧山城の石垣や城下町について詳しく知ることが出来るれきしるこまき (小牧山城史跡情報館) があるので、歴史好きの方は是非訪れてみてください。

小牧山城インフォメーション

新型コロナウィルスについて
  • 掲載している観光地は、新型コロナウイルス感染対策により、運営内容が変わっている可能性があります。最新情報は公式サイトで確認してください。

オススメ度

名称
小牧山城 (小牧山城跡)
住所 [Google Map]
〒485-0046 愛知県小牧市堀の内1丁目

小牧山城へのアクセス

所要時間は目安です最適な乗り換え順路は検索時間により異なります。

小牧山城の周辺スポット

※本記事に掲載されている内容や写真については最新の情報とは限りません。必ずご自身で事前にご確認ください。
また、内容に関する修正のご依頼はこちらよりお願いいたします。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

目次