その時歴史が動いた!信長の父 織田信秀が建てたとされる岩崎城

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愛知県日進市にある岩崎城は、1500年前後頃に築城されたと言われるお城で、正確な築城時期も初代城主もわかっていません。

現在見られる城は1987年に再建された五重構造の模擬天守で、天守を囲うように岩崎城址公園が整備されています。
園内には無料で観覧可能な岩埼城歴史記念館があり、日進市の歴史をはじめ、文化遺産や出土品、そして岩崎城に関わる歴史が学べます。

目次

岩崎城の城主は誰?お城にまつわる歴史

前述の通り、岩崎城を建てた初めの城主はわかっていませんが、城に関する古い文献では、はじめに城主として登場する名前が、信長の父 織田信秀であるため、築城したのも織田氏だったのではないかと考えられています。

岩崎城がある場所は、かつての尾張の国 (現在の愛知県西半部)と三河国 (現在の愛知県東半部辺り)を結ぶ、重要な要衝地であり、そこに城が築かれたのは自然の流れと言えるでしょう。

1529年(享禄2年)頃には、当時城を守っていた織田信秀の家臣・荒川頼宗が三河国岡崎城主 松平清康に攻められ落とされ、松平氏の支配下に移ります。そして1535年に松平清康が死去、そのまま松平氏の勢力は岩崎城から後退。松平氏に代わって城主となったのは、松平氏の息がかかった土豪の丹羽氏清が務め、その後4代に渡って丹羽家が岩崎城の城主を努めることとなります。

そして1584年に勃発した“小牧長久手合戦”では、羽柴軍と徳川・織田の連合軍の戦いの舞台となり、ここ岩崎城で大きな戦が繰り広げられることとなります。この戦いで丹羽氏重が守る岩崎城は攻め落とされ、徳川・織田連合軍を勝利に導いたきっかけの戦いになりました。

戦いに敗れた丹羽氏重は三河伊保 (現在の愛知県豊田市)へ転封し、そしてそのまま岩崎城は廃城となりました。

岩崎城インフォメーション

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名称
岩崎城
住所 [Google Map]
〒470-0131 愛知県日進市岩崎町市場67
営業時間
9:00 – 17:00
最終入場は営業時間の30分前までです。
定休日
月曜日 (祝日の場合は翌平日)
12月28日 – 1月4日
入場料金
入館無料
駐車場
15台
公式サイト
http://www.mf.ccnw.ne.jp/iwasakijo/
施設サービス情報
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岩崎城へのアクセス

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