お土産・置物の定番!縁起物「信楽焼のたぬき」の意味・歴史について掘り下げみた!

よく日本料理店や、古民家などの軒先に置かれているタヌキの置物。
とても自然かつ当たり前のようにそこにあるため、深く考えずに装飾の1つと認識してしまいがちですよね。

和風の置物ということはわかりますが、造られている場所や、なぜ日本酒を入れるための徳利を持っているのとか、意外とそのルーツや意味合いついて知らないのではないでしょうか。
この記事ではそんなタヌキの置物について、掘り下げていきます。

目次

タヌキの置物はなんて呼べばいい?正式名称はあるの?

このタヌキの置物には正式な名前がなく、「タヌキの置物」、「タヌキの陶器」など、呼び方は人によって様々です。

一般的には“信楽焼のタヌキ”と呼ばれており、ネット検索などでも同名称で調べることができます。

そもそも信楽焼とは……?たぬきの置物でお馴染みの信楽焼の歴史

信楽焼とは、滋賀県甲賀市信楽町エリアで造られている陶器のこと。日本古来の文化に深く結びつき、全国に点在する6箇所の陶磁器窯 “日本六古窯”の1つにも数えられ、約700年もの歴史があります。

仕上がりは土の温もりが感じられるような味わい深さが魅力となっており、日本人独特な感性である“わび・さび”が感じられる陶磁器として、茶道を嗜む文化人などに特に好まれています。

信楽焼のタヌキはいつから有名になったか。その歴史を掘り下げてみた

徳利を持った狸の置物自体は江戸時代の頃から存在したと言われています。

その時代はちょうどお酒が一般庶民のあいだでも嗜まれるようになった頃で、タヌキの置物は親に使い走りをさせられた子供が、徳利を持って酒屋に買いに行く様子をモチーフにしているのだとか。

そしてこのタヌキの置物を始めて信楽焼で造ったのが、株式会社狸庵の創業者である藤原銕造 (ふじわらてつぞう)さんという方で、夢で “狸を造るように”とのお告げを受けたそうです。

その後、信楽焼のタヌキが全国的に有名になったのは、1951年 (昭和26年)11月のこと。昭和天皇が行幸で信楽に訪れたことがきっかけです。
天皇陛下が信楽の地に来ると聞いた銕造さんは、陛下をお迎えするため沿道に、旗をもった信楽焼のタヌキを並べます。
そしてその光景を目にした昭和天皇が感銘を受けて「をさなどき あつめしからになつかしも 信楽焼の狸をみれば」と、詩歌を詠われ、それがメディアに取り上げられたことで、多くの人々が信楽焼のタヌキを知ることとなったのです。

置かれているのには意味がある!店先に信楽焼のタヌキがある理由

タヌキは、語呂合わせによって“他人より抜きん出る”という意味を持っていて、商売繁盛をはじめ、開運、出世、招福、金運向上など様々なご利益がある生き物とされています。また一度パートナーと決めた相手と一生を添い遂げるその習性から、夫婦愛のご利益にも肖れるともいわれています。

そんなタヌキをモチーフにした信楽焼のタヌキは、何かに縋ってでも商売を成功させたいと考える人にとって、非常に魅力的に映ったことでしょう。1つ置くだけで様々なご利益に肖れると全国的に普及したのもうなずけますね。

買いたいと人が気になる、信楽焼のタヌキの値段

信楽焼のタヌキの価格帯は数千円で買えてしまうものから、数十万円となるものまで存在します。
主にサイズや細かいディティールによって値段は変わっていきますが、手乗りサイズ程度なら数千円で買うことができてしまいます。

最近ではネット通販で購入することもできますが、細かい表情などは一体一体違うため、やはり自身の目で選ぶのがいいでしょう。
購入場所に迷ったら、まずは信楽焼の本場、信楽町へ行くことをオススメします。

※本記事に掲載されている内容や写真については最新の情報とは限りません。必ずご自身で事前にご確認ください。
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