太宰府天満宮:菅原道真公を祀る【学問・誠意・厄除け】祈願の神社

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太宰府天満宮は、菅原道真(すがわらのみちざね)公の御墓所の上に御社殿を造営し、その御神霊を祭神として祀っています。
「学問・至誠・厄除けの神様」として広く知られており、年間に約1000万人の参拝者が訪れています。

目次

太宰府天満宮の歴史

845年 (承和12年)に京都で生まれた菅原道真は幼少期から学問に優れ、当時の政治的長官である右大臣として活躍しました。
901年 (昌泰4年)に、左大臣であった藤原時平らの陰謀によって太宰府へ左遷され、翌々年の903年 (延喜3年)に同地で死去しました。
道真の遺骸を葬るため牛車に乗せて進むと安楽寺の門前で動かなくなり、これはそこに留まりたいのだという道真の遺志によるものと考え、その地に埋葬されました。
その後、都では疫病や異常気象が続き、909年 (延喜9年)には藤原時平が39歳の若さで死去すると、これを『菅原道真の祟り』と人々は恐れます。
そして、道真の御霊を鎮めるべく、919年 (延喜19年)に道真の墓所の上に社殿を建設されたのが、太宰府天満宮のはじまりです。

学問・至誠・厄除けの神様

学問の神様
菅原道真は、5歳にして和歌を詠むなど幼い頃より聡明でした。
また、数々の難関試験に合格し異例の早さで朝廷の要職につき、歴史書や漢詩書などの編纂(へんさん)を手がけるなど、当代随一の学者、文人、政治家と称されました。
そのため、道真が祀られる太宰府天満宮では「学問の神様」としての信仰が広がりました。

至誠の神様

当代随一の学者・政治家であった菅原道真は、政略により無実ながら太宰府に左遷されたにも関わらず、皇室の安泰と国家の平安、また自身の潔白をひたすら神々に祈りを捧げました。
その死後に無実が証明され、「天満大自在天神」の御位を贈られ、生涯一貫して誠を尽くした道真の清らかな生き方から「至誠の神様」として信仰されるようになりました。

厄除けの神様

太宰府天満宮には、986年 (寛和2年)に始められた「鬼すべ神事」をはじめとする除災招福を願う神事の記録が数多く残されています。
そして、その信仰は今日まで形を変えながらも連綿と受け継がれており、厄除けの神様として信仰されています。

太宰府天満宮インフォメーション

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名称
太宰府天満宮
住所 [Google Map]
〒818-0117 福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号
営業時間
開門時刻
6:00(春分の日より秋分の日の前日まで)
6:30(上記以外の日)
閉門時刻
18:30 (12月 / 1月 / 2月 / 3月)
19:00 (4月 / 5月 / 9月 / 10月 / 11月)
19:30 (6月 / 7月 / 8月)
正月の開門・閉門時刻
12月31日は6:30に開門し、正月三ヶ日は24時間開門しています。
1月4日の夜は参拝の状況により閉門します。
定休日
無し
入場料金
無料
駐車場
太宰府駐車センター
850台 (¥500)
太宰府パーキング
48台 (¥400- )
公式サイト
https://www.dazaifutenmangu.or.jp/about
施設サービス情報
このアイコンはなに?
その他の情報
案内所、社務所に貸し出し用の車椅子を設置しており、車椅子での参拝も可能です。
また、バリアフリートイレも2箇所有り。
車いすでの参拝経路は公式ページをご参照ください。

太宰府天満宮へのアクセス

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